時間という価値

夏休み、1年ぶりに京都に帰り子供達とクリエイター・キンダー・タンツ(想像力を発展させる為の子供ダンス)のワークショップをする機会に再び恵まれた。子供達と関わる中、現代の子供達が、私の子供時代以上にハードスケジュールをこなしていること、そしてそれが“あたりまえ“という感覚が社会に浸透している様に感じた。塾や御稽古ごとで夜の8時以降に家に帰るという子供も珍しくない。学校が午前中までで、塾が存在しないドイツの友人に話すと、「日本の子供達はいつ遊んでいつ寝ているの」と驚いていた。
ワークショップで“お母さんの口癖”という即興をしてみたところ「早く寝なさい」「早く宿題しなさい」「早くご飯食べなさい」。“お父さんの口癖”はというと、「お父さんとはほとんど会わない」「あまり話さない」という子供が多い。これはどいうことだ。お母さんはハードスケジュールの子供を急かし、子供達がじっくり考え行動する余裕を与えるない。お父さんは仕事で忙しく子供と深く関わる時間が持てていないという現在の日本社会を象徴している様に思う。
しかし“私の安心する場所”(両親や友人とリラックスできるポジション)という即興をすると、子供達は自分達がもっと子供だった頃お父さんと肩車したりお母さんと添い寝した思い出を蘇らせる。その時の子供達のリラックスした体そして顔は、何とも言えない美しさを見せる。真夏の夕立の後の空気の様に、さわやかに清らかだ。
時間には二とおりの捉え方があると思う。ひとつは時計で計れる時間、分、週、年。もう一つは時計では計れない思い出という時間。一番価値のあるのは、楽しくても悲しくても、子供時代の思い出ではないだろうか。この現代社会で、私達大人が、子供達にどの様にしたら思い出という時間を作ってあげられるのだろうか。
写真提供/Mex
*京都新聞2007年9月投稿

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