阪本麻郁のケルン便り

Monday, June 30, 2008

都会の花園


 
 ドイツは、初夏。公園はもちろん、アパートのテラスや中庭、仕事に出かける道ばた、車窓からの景色、ドライブ中の高速道路脇、至る所で緑の力を感じさせられる。植物達は、ドイツの長い冬を凌ぎ蓄えた力を、太陽の光によって目覚めさせ、新しい葉は、より光を求めて空間に広がり、茎や枝は新たな空間を求め空へ伸び、根は水を求めて地下深く成長する。自然の力を体感できる季節の到来だ。
 ケルンは、シュタット・ガーテン(市立公園)、フォルクス・ガーテン(市民公園)を始めとする、大小さまざまな素晴らしい公園が点在する街だ。また、ケルンと他の街をつなぐ高速道路脇は、防音壁ではなく林や森が広がり、自然の防音壁、空気を浄化する役割を果たしている。そして、最近気づいたのが、街に住む人達の個人レベルでの、自然への感心と楽しみ方だ。
 ドイツの都会にあるアパートメントは、殆どの場合正面入り口は車が通る道路に面している。表側からは見えないが、建物裏側には緑豊かな中庭、テラスがある。都会における、“秘密の花園”的存在である。壁面にツタや藤、ぶどう、キューイをはわせ、リンゴやさくら等の大きな木が茂っている。都会の喧騒を忘れさせてくれる裏庭向きの部屋は、ドイツ人にとても人気がある。
 私が今住んでいるアパートメントは、裏庭向きのうえに、一部屋分あるんじゃないかと思わせるほど大きなテラスで、大家さんが大事に育てているぶどうとキューイが元気にしげっている。このテラスを見て、一目惚れしたと言っても大袈裟ではない。夕暮れ時に木に集って来る鳥の声を聞きながら1人静かに一息つく時、心が洗われる気がする。
 不思議な事に、このアパートメントに住みだしてからというもの、前より頻繁に友達が訪れる。近くまで買い物に来たからだとか、仕事帰りに寄っただとか、ふらっと訪れてうちのテラスでコーヒーやビールを飲みながらくつろいで帰っていく。緑というのは、人を和ませる力、人も含めて動物を集める力もあるんだなあと実感する今日この頃である。
*京都新聞6月投稿

Friday, May 30, 2008

野菜の王様“シュパーゲル”



 5月に入り、ドイツは太陽がサンサンと輝く気持ちの良い日が続いている。
冬眠から覚めた動物の様に、太陽のエネルギーを逃すものか!と言わんばかりに、人々は屋外に繰り出す。カフェのテラス、ビヤガーデン、公園、そして家の軒先ならぬアパートメントの入り口までもが、太陽を浴びながらくつろぐ人々の憩いの場となる。この時期、ドイツ人達のもう一つの楽しみは、今が旬の “シュパーゲル”(白アスパラガス)。
 4月中頃から、市場やスーパーマーケットに出始め、伝統に則り6月24日の聖ヨハネスの日をもって出荷時期を終えるシュパーゲル。店の軒先にずらっと並ぶその精悍な姿は、ドイツ人にとって春の知らせでもある。シュパーゲルは、どちらかというと高価な野菜で、安いものは1kg3ユーロ(約480円)から、高価なものでは10ユーロ以上(約1600円)するにも関わらず、2007年の統計によると、全農業面積のうち、約20パーセントに当たる2万1700ヘクタールがシュパーゲル畑で、ジャガイモ、玉葱を押さえての堂々の1位というのは驚きだ。
 日本で一般的な緑のアスパラガスと違い、土の中に埋めて育てるため白くなるシュパーゲルは、口の中で溶ける様に柔らかく、優しい甘みが魅力である。友人を招いた夕食会の為に、2kgのシュパーゲルを近くの八百屋さんで購入。お鍋一杯にお湯を沸かし、レモン汁とお砂糖、バターを一かけと共に皮を剥いて茹でる。これに定番のオランデーズ・ソースを掛け、シンケン(生ハム)と共に頂く。4人でこんなに食べられる?と思いきや、約95%が水分でカロリーがないせいだろうか、すっかり完食した。春の味に、舌鼓である。
 5月のドイツは、日本から旅行に来られる方にも一番お進めしたい。寒さに震えて回る冬の古城ツアーより、国中が春の訪れを迎え活気に溢れる中で、太陽の下、レストランのメニューに誇らしく並ぶ“この次期限定シュパーゲル料理”と共に、ドイツ産のきりりと冷えた白ワインを頂く、是政にドイツの醍醐味!
*京都新聞5月投稿

Wednesday, April 30, 2008

サッカーに観る、地域文化と歴史


 サッカー・ジャーナリストの友人に誘われ、生まれて初めてサッカーの試合を観に行った。3月29日に行なわれた、VfLボッフム対Borussiaドルトムンド戦だ。試合が行なわれたボッフムのレリアー・シュタディオンへ向かう電車の中は、すでに各チームを応援するサポーターで超満員。ドイツでは、サッカーの試合が行なわれる日は、要注意である。サポーターは、試合に向かう時からビール片手に、チームの応援歌を大合唱する光景は珍しくなく、暴動を恐れてか駅、スタジアム周辺には警察が出動している。
 旧西ドイツで1963年に創設された、サッカー・ブンデスリーガ(プロサッカーリーグ)は、1990年のドイツ再統一によって、旧東ドイツのクラブ参加する様になり、現在、1部、2部それぞれ18クラブ、合計36クラブが所属している。1970年代には、フランツ・ベッケンバウアーらのヨーロッパのスター選手が数多く在籍し、日本人選手では、2003〜2007年にかけて高原直泰が活躍した。また現在は稲本潤一(アイントラハト・フランクフルト)、小野伸二(VfLボーフム)、長谷部誠(VfLヴォルフスブルク)らが在籍している。
 今回の対戦ボッフムとドルトムントは共に、19、20世紀に重工業、石炭採掘が盛んであったルール工業地帯に属する労働者の町だ。サッカー観戦は、労働者の娯楽の一つであったという歴史的影響か、観客席には男性が多くを占める。3万人の観客で埋め尽くされたスタジアムで一番熱狂的なファンのテリトリーは、立ち見席。私は、フェンス越しに、立ち見席の隣りで観戦していたのだが、相手チームが点数を入れると暴言と共に水やビールが振りかかって来る。私の前に座っていた観客はこの被害に遭い、だいぶ濡れ鼠の様相であった。休憩の合間にトイレに行くと長蛇の列ができていて、驚くべき事に待ちきれない男性達が立ち小便をしていた。ヨーロッパでは、なかなか見かけない光景だ。サッカー観戦は、サッカーの試合を楽しむことはもとより、地域文化や歴史を感じることのできる場所でもある。
*写真提供/円賀貴子
*京都新聞2008年4月投稿

Sunday, March 30, 2008

教育における文化の可能性


 
 ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州では、学校教育に精神・文化的な要素をより重視する為に2006年より“文化と学校”というプロジェクトを立ち上げ、子供達が身近に文化・芸術に関わる機会を与えている。2007/08年度は、1100のプロジェクトが立ち上げられ、900人のアーティストがこれに携わっている。学校とアーティストが共同して独自のプロジェクトを企画し州に提案する。造形作家による“私の木”や料理研究家による“ローマ時代の食べ物、飲み物”、画家による“水無しでは生きれない”や舞踊家による“ダンスとアイデンティティーとの出会い”等、内容も非常にバラエティーに富んでいる。
 私も、昨年9月からケルンの隣町フレヒェンにある学習障害や家庭環境により普通の学校で学習することが困難な子供達の為の学校アンネ・フランク・シューレで、“レルネ・イム・ベベーグング−動きの中で学ぶこと”というダンス・プロジェクトを始めた。ダンスの基礎的なトレーニングによって、自分のからだを知り、それを使いこなす方法を見つけ、即興によって自分を表現する方法を増やし、グループで作業することでコミュニケーション能力を伸ばすことが目標。
 プロジェクト初日、「みんなで手をつないで大きな円を作ろう」と言った時、このプロジェクトがいかに困難であるか気づいた。子供達は、相手を選んだり、喧嘩を始めたりで手をつなぐことがとても難しい。そして喧嘩も相手を蹴る、殴るといったかなり暴力的なもので、子供達の中に鬱積している“怒り”が見える。そこで、“押し合い”というゲーム(二人で両手を合わせて押し合う)をしてみると、“怒り”を多く持つ子供は、相手を押す力が強い。ルールの中で戦ったのだからもちろん「すごい良いパワー出てたよ」と思いっきり褒めると、子供達はすごいうれしそうな顔をでにこっとわらった。半年たった今、子供達は、少しずつダンスを通じて、自分を尊び、相手を尊ぶことを学んでいる。
*京都新聞2008年3月投稿

Friday, February 29, 2008

ケルン市民は、お祭り好き



 2月のヨーロッパは、“カーニバル”の季節。日本では、イタリアのヴェネツィアが有名だが、ドイツでも盛大に祝う習慣がある。普段は実直なドイツ人の派手な騒ぎっぷりが垣間みれる時期でもある。そして、ドイツでもっとも盛り上がると言われているのが、ここケルンのカーニバルだ。
 カーニバル(謝肉祭)は、カトリックなどの西方教会のお祭りで、ドイツでは、カトリック色の強い西部と南部で盛大に祝われる。春のイースタ(復活祭)前に行なわれる46日間の断食期に入る前に楽しい祭りを祝い、お肉や乳製品をできるだけ沢山食べておこうというのがカーニバルの始まりだ。しかし、その宗教的起源は今ではあまり姿を留めず、現在は観光事業化している土地も多い。
 一番の盛り上がりを見せるんが、断食期直前のローゼンモンターク(バラの月曜日:今年は2月4日)。街の目抜き通りでは、仮装をした人達や、騎馬隊、大きな張りぼての山車がパレードし、子供達が喜びそうなキャンディー、チョコレート、お花等を沿道の子供達に投げる。大人達は、ビール片手にほろ酔いかげんでパレードを見物するのである。もちろん見物人も家を出る時から、思い思いの仮装済みなわけで、地下鉄や銀行、スーパーマーケット、レストラン、バー等街中が、ピエロやナポレオン、ウサギや鹿、囚人や看護婦、、、で溢れる。
 ベルリンやハンブルグといったドイツ北部に住む友人達は、「また西の人達が酔っぱらってばか騒ぎしている」とやや中傷的。ケルンでも、「今年はどんな仮装をしようかな」とわくわくしている人達と「騒がしいから、この時期は休暇を取ってケルンを脱出する」という人達の二手に分かれる。カーニバルは祝日ではないが、ケルンに市民にとってこの時期は、仕事や学校は二の次のようである。
*写真提供/Marius
*京都新聞2008年2月投稿

Wednesday, January 30, 2008

ドイツで“お引っ越し”


 昨年の9月、3回目の“お引っ越し”をした。そして、やっと今年の1月頃から居心地の良いお家になりつつある。約4ヶ月の長い道のり。ドイツの“お引っ越し”は、サービス産業の盛んな国に住む日本人にとって驚きの連続だ。
 日本ならば、“お引っ越し”につきものの○○引っ越しセンターであるが、ドイツではセレブでない限り、滅多に利用しない。自分の車か、車の後ろに荷台を付けて自ら、家財道具一式を運ぶのである。精神力、体力を求められるが、友達に引っ越しするという話しをすると、必ずと言っていいほど「手伝いに行くよ」という返事が帰ってくる。みんなで協力する、心温まる“お引っ越し”。
 そして驚くのは、この家財道具にキッチンが含まれる事。ガス台や電子レンジといった生易しいものではなく、システムキッチンを次のお家のキッチンに合う様に分解、あるいは電気ノコギリで切断して運ぶ。そしてもちろん、分解、切断されたシステムキッチンを自分で組み立てるのである。ドイツ人にとってシステムキッチンを作る事は日常的で、古い工場をロフトに改装しただだっ広いアパートに引っ越した友人は壁も、浴室も手作りしていた。
 ケルン音楽大学に通っていた頃、学生達が電気ドリルを貸し借りしているのを目にして、この人達は日曜大工が趣味なのだろうかと思っていたが最近その謎が解けた。電気ドリルはもちろんのこと水平定規(ガラス管の中に気泡があり、水平かどうかを計るもの)、ハシゴは、必須である。もちろんマイスター(その道のプロ)ではないから間違えて壁に穴を空けたり、ネジの締め方が悪くて水が漏れたり、いろんな難関、失敗はあるが、小学校の工作の時間に感じた“自分でものを作る喜び”を思い起こさせる。もちろん、引っ越して家具や段ボールを整理したらすぐに快適な生活ができる日本と違い時間と手間はかかるが、ゆっくり自分がくつろげる空間を手作りするのも粋なものである。
*京都新聞2008年1月投稿

Sunday, December 30, 2007

ドイツの冬の過ごし方


 暗くて、寒いドイツの冬。10月の最終日曜日に時計の針を一時間戻し夏時間から冬時間に切り替えると、急に寒い日が多くなって日照時間もどんどん短くなる。そんな中11月末になると街の中心にある広場にクリスマスマーケットが現れ、寒い冬のドイツが一気に暖かい雰囲気に包まれる。もともとネオンが少ないドイツの街。夜間の飛行機から地上を見下ろすと、街の中にクリスマスマーケットの暖かい明かりを見つける事が出来る。
 普段は野菜や果物、チーズ等を売る市が立つ広場にクリスマスの飾りやロウソク、クリスマスのお菓子や手作りのくるみ割り人形などの木のおもちゃ、焼きソーセージやグリューンワイン(スパイスを効かせたホットワイン)の屋台や移動遊園地が並び、地元の人達で一日中賑わう。ツリーの飾りを買う人、クリスマスプレゼントを探す人、仕事帰りに立ち寄る人。寒さで頬を真っ赤にして、家族や友人とおしゃべりしながら温かいグリューンワインをすすっていると、寒いのに何故か温かく感じられるから不思議である。
 ドイツのクリスマスは伝統的なもので、家族といっしょに過ごす日本のお正月を思い起こさせる。休暇の取り方も半端ではなく、職業にもよるが24日からから始まるクリスマス休暇から年末までまとめて長く休暇を取る事も可能。クリスマス休暇には田舎の両親の元に帰り、家族、親戚と過ごし、温かい国にバカンスに出かけるか友人とニューイヤーを祝う。
 ドイツでは、12月の日没はなんと午後3時で、5時頃には真っ暗に。クリスマスマーケットの温かい雰囲気や家族、友人との団欒、あるいは太陽の出ている国への脱出無くして長い冬を越すのは難しい。ドイツ人でも鬱病になりやすいドイツの冬にはご用心を!
*京都新聞12月投稿